精神世界は現実社会に落とし込んでこそ本物!共生社会を共同建設する「イヤサカの会」のスピリチュアルブログです。

「この世界の片隅に」実写版やっています

「この世界の片隅に」実写版やっています

この世界の片隅に

戦争をテーマにした映画やアニメの作品が日本には沢山あります。
私が見た作品の中でストーリーが最もショッキングだったのは「火垂るの墓」でした。
あの物語には最後まで救いがありません。
戦争孤児になった幼い兄弟が、社会から救いの手も差し伸べられずに悲しい末路に至る物語です。

日本人は昔から助け合って生きてきた民族であるはずなのに、あの時代の大人たちは皆、哀れな子供たちをあのように見殺しにしていたのだろうか? 
いや、人の心をそこまで冷酷にしてしまうのが戦争なのだ。だから戦争は間違っているのだ。
・・・私たちがそのように教育された作品だったような気がします。

アジアとアフリカのほとんどが欧米の植民地で、現地の人たちが欧米人たちの奴隷として冷酷に扱われ、また虐殺されていた時代。
日本も石油の供給を遮断されて、都市に失業者があふれ多くの餓死者が出ていた時、日本は一か八かの戦争を選択しました。

戦うも地獄、戦わざるも地獄でしたが、結果として日本は戦って敗れ多くの戦争孤児が生まれました。
戦争に負けた日本の政府には孤児たちを救う力はありませんでした。

人類の歴史は苦難の繰り返しでした。
そして、どんな歴史の背後にも、名もなき人々の悲哀と感動に満ちた日々の暮らしがあります。

この世界の片隅に

「火垂るの墓」とは印象がかなり異なる作品があります。「この世界の片隅に」です。

この作品はアニメ映画として公開されて話題になりましたが、今、テレビで実写版で放送されています。
舞台は、あの広島です。お見合いをして広島市から呉市に嫁に行った女性が主人公です。

反戦思想が中心になっている他の多くの作品とは趣が違います。
また、観る人たちを無理やり泣かせてやろうという意図も感じません。
にもかかわらず、じわじわと自然と泣けてくる物語です。
悲しくてというよりも、人が生きるという事がこんなに力強くて美しいものなのか、と感じて感動の涙が込み上げてくるのです。

身近な人たちや大切にしていたものが次々に失われていった時代。
呉に空襲が起きると、焼き出された人たちのために広島から大量のおにぎりが届く。
広島に原爆が落ちると、今度は呉の人たちが救援に向かう。

それは「火垂るの墓」に描かれていた人情味のひとかけらも無い世界とは全然違います。
どちらの作品に描かれた世界も、あの時代には現実にあり得た世界だと思います。
しかし、今の時代に生きる私たちがどちらの世界を向いて生きていくのかが問われます。

どんなに厳しい環境の中でも、人は日々の営みを止めることはなく、女たちは今日も明日も明後日も飯を炊く。
名もなき女性たちの戦中戦後の生活が描かれている物語ですが、夫として主人公の女性に寄り添う実直な男性の存在も光っています。

「ありがとう、この世界の片隅にうちを見つけてくれて」
・・・ラストシーンで、主人公の女性が夫に対して掛ける言葉です。

今あなたの隣にいるパートナーも、過去にあなたの隣にいたパートナーも、この広い世界の中であなたを見つけてあなたを選んでくれた尊い人です。
そんな相手が自分にもいたことを意識するだけで、有難いと思いませんか。

例えすべてを失ったとしても、人は力強く生きていく。明日の希望を見失わず、誰かと一緒に小さな幸せを見つけながら生きていく。
世界が真っ暗闇になったとしても、その中から光を見つけて人は感動する。
・・・それが人間の自然な姿であることをこの作品は訴えています。

(やしろたかひろ) 

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