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8月8日【お気持ち表明】天皇陛下が開いた日本民族の自由への扉

8月8日【お気持ち表明】天皇陛下が開いた日本民族の自由への扉

富士山

今年の8月8日は、天皇陛下がお気持ちを表すという、日本人にとって歴史的な日となりました。
麻(ヘンプ)の関係者たちも大切にしている「8」という数は、バランスをとり新しい方向へ進むエネルギーをもっています。

日本国憲法
第一条  天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。

日本国憲法の中に定められている天皇の地位は、日本国の「象徴」です。すなわち天皇は「国旗」と同じであり、ある意味で天皇には個人としての自由がありません。
そしてこの地位は、主権の存する日本国民の総意に基くものであり、天皇陛下ご本人の自由意思には基づいておりません。

第三条  天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。

つまり、天皇の仕事の内容は皇室典範の定めに従い内閣が決めて内閣が責任を持ちます。比喩的な言い方をすれば、天皇という国旗をいつどこに掲揚するかを内閣が決めるのです。
日本の伝統的な天皇の地位は、政治に対しては権力を持っていないが、国家の元首として権威を持っている存在でした。しかし、現行憲法での天皇はそのような「人」としての扱いではなく、「象徴」として国家のために生涯に渡って身を捧げる存在なのです。

新しい憲法のもとでそのような象徴天皇として即位したのは、今の天皇陛下が初めてでした。

天皇陛下のお気持ち表明(抜粋)

天皇の高齢化に伴う対処の仕方が、国事行為や、その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには、無理があろうと思われます。
また、天皇が未成年であったり、重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には、天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。しかし、この場合も、天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま、生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません。

「私が個人として、これまでに考えて来たことを話したいと思います。」という出だしで始まり、「国民の理解を得られることを、切に願っています。」と結ばれたこのたびのお気持ち表明は、老後ぐらいは象徴としてではなく個人として、人間らしく心身共に解放された状態で生きてゆきたいという陛下の率直な気持ちが述べられたものではなかったでしょうか。

私の解釈はメディアや評論家の解釈とは違うかもしれません。メディアや評論家がそのように言ってしまったら、天皇陛下に対して無礼だと各方面から批判を受けるでしょう。今回、私に対してそのような批判が来ることも覚悟しております。
しかし、もし自分が天皇だったらと想像してみてください。もし貴方が80歳になって、自分の健康に不安を感じていたら、国家の象徴という地位で今後も生きることを希望するでしょうか。
天皇=人として考えれば、このように解釈するのが自然なことではないでしょうか。
また、体は心を反映します。陛下が患った前立腺の疾患には、陛下の心情をそう解釈できるスピリチュアルな意味があります。

日本の皇室には1500年以上の歴史があり、皇室はいつの時代にも日本人のアイデンティティーそのものでした。日本人が日本人であり続けるために天皇制は必要でしょう。
しかし、世界が認める清らかさと気高さを持ちながら、人としての自由を認められていない戦後の天皇。それが戦後の日本という国を象徴していたということが、陛下ご自身のご発言によってあぶり出されたわけです。


陛下はさらに、天皇の終焉にあたっての社会の自粛ムードや、煩雑な行事に関わる人たちの事を案じられています。

天皇が健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、これまでにも見られたように、社会が停滞し、国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます。
更にこれまでの皇室のしきたりとして、天皇の終焉に当たっては、重い殯(もがり)の行事が連日ほぼ二ヶ月にわたって続き、その後喪儀(そうぎ)に関連する行事が、一年間続きます。その様々な行事と、新時代に関わる諸行事が同時に進行することから、行事に関わる人々、とりわけ残される家族は、非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。

このようなことも含めて考えると、日本国のためにも、譲位について肯定的に検討していかなければいけないのではないでしょうか。

天皇を政治利用しようとする人たちは、このお気持ち表明を首相官邸を批判する材料に利用しています。
しかし、文脈を客観的に見れば、これは首相官邸に対して発せられたものではなく、国民全体に対して発せられたものであることは間違いありません。
通常は天皇が自身の思いを皇室の外に述べられる時には総理大臣とやりとりをするものであり、今回のようにテレビを通して国民の理解を求めるというのは異例のことなのです。

昭和天皇の「人間宣言」は、日本人が天皇を絶対神と信じていると解釈したGHQの指令により行われました。
このたびお気持ち表明をされた平成の天皇は、自らの意思で「人間宣言」をしたものと私は受け止めます。
2016年8月8日は、天皇陛下が私たち日本人の、人としての自由への扉を開いた日でした。

(やしろたかひろ) ※FB友達募集しています


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