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【義務と娯楽】宗教とカルトとスピリチュアルの違いは?

【義務と娯楽】宗教とカルトとスピリチュアルの違いは?

上記のお題については、以前に、中山弥栄塾の中で、中山康直さんが簡潔明瞭に答えております。

宗教は、道路が右へ曲がっていたら、右へ曲がりなさいと言います。
カルトは、道路が右へ曲がっていたら、左へ曲がりなさいと言うんです。
どっちもどっちやん! ! 誰かの言いなりになって生きるのではなく、自分の人生を生きることが大切なんです。 (←これがスピリチュアル)

これは中山さんの名言のひとつだと私は考えています。
これだけで全てを言い切っているのですが、少し事例をあげながら考察してみましょう。


自分の過去世を知る意味とは?
 ……娯楽です。

画像の説明

スピリチュアルとは娯楽だと考えて良いと思います。
過去世とか、そういう楽しい話は、できれば会食やお酒の席で聞けたらいいですね。

過去世からひきずっていて現世でも抜けないままでいる自分の思い癖のようなものをカルマと言いますが、それに気づいて克服できたら人生は好転するでしょう。
人生が好転するプロセスはとても楽しい娯楽的なイベントですから、それもスピリチュアルです。

しかし、「あなたの過去世のカルマを解消するために、善行を重ねなさい」と言われたら、宗教になります。

さらに、「あなたのカルマはこれだから、それを解消するためにこの教団で修業しなさい。〇○円のお布施をしなさい」と言われたら、カルトの入り口かもしれませんね。


先祖供養は、一般的に宗教です。

「あなたの先祖が苦しんでいるから、この教団に〇○円のお布施をしなさい」 …このように強要されたらカルトです。

「本当の先祖供養とは、私たちが先祖に心配を掛けないことです」(江原啓之氏) …これならスピリチュアルですね。



宗教には、カリスマが居ます。
キリストや仏陀、マホメッドなどがそうです。

カルトになると、カリスマとお金の結びつきが強くなります。カルトの特徴は、お金が際限無くトップに吸い上げられることです。カルトが大きくなると、お金を吸い上げるためのピラミッド組織が出来ます。
国際金融資本系の社会構造や、ネットワークビジネスと良く似てますね。
また、カルトのカリスマはとても偉いので、金銭や何か物理的なメリットが無ければ、カリスマが一般信者の前に現れることはめったにありません。
お金の代わりに、別な義務を伴うカルトもあります。例えば、労働の場合もありますし、また、教祖様の言うことに全幅の信頼を置いてそこに自分の心を完全に委ねるという精神的な義務が中心の場合もあります。

スピリチュアルにもリーダーや指導者は居りますが、それらがカリスマと違う点は、決して上から目線ではなく、他の人たちとフラットな立場で友達づきあいをする事です。


「感謝一筋の生活をしましょう」  …これは宗教です。

「何が起きても最高。感謝しなさい。」 …これはカルトです。

感動や愛も一緒です。感謝や感動や愛というのは、自然に湧き上がってくる人間の感情であって、誰かに義務的に言われて出来るものではありませんよね。
物事に感動することがなかなか出来ないような人は、何かのトラウマや抑圧が心の底にあって悩んでいるのですから、そこを何とかしなければならないわけです。


そういう自分の問題に気づいて克服するために、瞑想や内観、気功、カウンセリング、ワークと呼ばれるものなど色々な手法があります。
瞑想して何かの気づきが起きて、その結果、自分が生きている事がただ楽しくて仕方がなくなったら、それが覚醒であり、そのプロセスは娯楽=スピリチュアルになります。

しかし、瞑想しても自分には何も良い変化が起こらないと感じたら、無理せずにすぐにやめましょう。瞑想が義務的になってしまい、それ自体が目的になってしまったとしたら、宗教になります。
宇宙の真理みたいなことを机上の理論で頭で理解したつもりになっても、それは覚醒したことにはなりませんので、無理にそのようなことを学ぶ必要もありません。


私は自分自身の体験から、強い思い癖や、トラウマがある人に必要な事は、自己の怒りや悲しみの感情に気づいて、思い切ってそれを出し切ることだと考えています。

怒りたければ、思いっきり怒ることです
泣きたければ、思いっきり泣くことです。

ただし!!
自分の気持ちをそばに居る人に聞いてもらって、その人に自分をかばって欲しい…
自分の思いを誰かに理解してもらって助けて欲しい…
そういう下心を含んだ感情の爆発ではダメなんです。

ただ純粋に自分の感情だけに思いを向けて、それ以外の余計なことは考えずに、思いっきり素直に感情を爆発させるのです。

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以前の記事に書きましたが、私の場合には、深夜の池袋の公衆トイレの中で、そばに誰も居ないところで自分の悲しみの感情が爆発した時に「切断」体験がありました。
http://earth.kurasu.biz/index.php?QBlog-20150517-1

ここに書いてありますが、その時に私の心の中と外の両方で起きた出来事が、まさに娯楽=スピリチュアルなのでした。

(やしろたかひろ)
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