精神世界は現実社会に落とし込んでこそ本物!共生社会を共同建設する「イヤサカの会」のスピリチュアルブログです。

戦争が終焉する人間中心主義社会への道

戦争が終焉する人間中心主義社会への道

私は昨年に、いやさかのWebサイトで日本を中心とした戦前戦後史をまとめ、それが年末に書き上げた国際連合の話をもってひとまず完結となりました。

http://www.yaei-sakura.net/index.php?society

このような内容を書くと、右翼ではないか、軍国主義者ではないかと誤解される可能性があることも承知の上でのことでした。
私は右翼でも左翼でもありません。しかし保守でもありません。
私は、今のようにお金の後を追う貨幣中心主義の社会ではなく、人間ひとりひとりの命や幸せにフォーカスする人間中心主義の社会へ変遷すべきと考えております。

今日本に生きている人の多くは戦後生まれです。私たちは自分の目で見ていないので、第二次世界大戦前後の経緯が実際にどうだったのかということは判りません。
私はある時から、歴史の教科書やマスコミ報道などの内容が少し偏っているのではないかという疑問を持ち始めました。これから世の中を人間中心主義社会へ移行させるためにも、意図的な力が加わって捏造された歴史を私たちが信じ込んでいる状態ではまずいと考えたのです。
そこで、あえて教科書や報道にとらわれずに歴史を見ることに挑戦した結果、このような内容となりました。

昭和天皇とマッカーサー

私は戦争を肯定しておりません。ただ、第二次世界大戦に至るまでの史実をとらえると、欧米の植民地主義から日本を守るためには、あの時代は戦うこともやむを得ないかったのではないかという見方をしております。
しかし、我が国の天皇陛下(昭和天皇)は、最後まで戦争には反対の意見を貫いておりました。ドイツやイタリアと一緒になって戦争をして日本国民を死なせてはいけないと考えたのです。
戦後の情報操作の中で天皇が独裁者だったと言われている部分がありますが、現実には法律上も天皇は日本の絶対権力者でありませんでした。
もし天皇が独裁者であったならば、日本はあの戦争をしなかったかもしれません。

戦争に敗れた後、昭和天皇は正装でマッカーサーを訪ねて行きます。
当時の通訳官の証言によると、昭和天皇は有価証券など天皇家の財産をすべてマッカーサーに差し出して、「日本は今、飢えて多くの餓死者が出ている。私の身はどうなっても(処刑されても)構わないから、これでどうか日本国民を助けてくれ」と言ったそうです。
写真のようにそれまで天皇陛下の前でふんぞり返っていたマッカーサーの態度が、この言葉を聞いた時からガラリと変わったといいます。

戦いを始める事自体はやむを得なかったにしても、しかし日本の過ちはあまりにも長い期間に渡って戦争を引っ張り過ぎたことだったのではないかと私は考えます。
マレー作戦やビルマ戦線の初期にはアジアから白人の軍隊を追い出すことに成功して、それがアジア各国で独立の機運が高まるきっかけとなり一定の成果を見ましたが、しかしその後は物量で上回る連合国が徐々に巻き返し、ついには日本の本土までが攻撃されてしまう状況に至ってしまいました。
第二次世界大戦では二百万人を超す日本人が犠牲になったと言われていますが、その半数近くは日本本土における犠牲者です。
当時若い男性たちは皆徴兵で戦地へ駆り出されていましたから、本土に残っていたのは女性、子供、老人ばかりです。それらの命が東京大空襲や原子爆弾によって失われていったのです。もしかしたら天皇陛下はこのような有り様を予見していたのかもしれません。

櫻井よし子

戦後70年を経て、国際情勢は中国とアメリカの勢力争いという新たな構図が生まれています。
これからの日本には、世界から戦争という行為自体を終わらせる役割が求められるのではないでしょうか。
資本主義や共産主義とは別次元にある人間中心主義の世界を創ることが出来るのは、すべてのものを分け隔てなく考える神道という精神文化を持つ日本人しかいないのではないかと考えます。

(やしろたかひろ)

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